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対話(ダイアログ) その4

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 話題のハーバード大学のマイケル・サンデル教授の白熱教室。2月6日(日)夕方6時からまたTV放送があるようですね。
 サンデル教授が学生たちのディベートを、壇上からきれいにまとめ上げる姿は、実にダンディでスマート。かっこいい~、なんて思って見ていると、夫は横で「彼は人の話を要約してしまうね。」とひとこと。(>_<)
 
 話は変わりますが、この数年私は、対話には力がある、と信じていろいろな場面で「対話的」であろうと努めてきました。その時には3つの点に注意をはらっています。
 ・ディベート(議論)とは違う。
 ・テーマ(お題)から外れない。
 ・相手の言う事(言いたい事)に耳を傾ける(傾聴)。
 
 先週も参加した、田口ランディさんたちの「ダイアローグ研究会―社会・環境と科学の対話を考える―」は、まさに私が大事にしているテーマです。学生主体なので、でちょっと気が引けるのですが、頑張って出席してよかった、というのが感想。(※欄外のタグの「対話」をクリックして頂ければ、前回の感想まとめています。2010年12月分)
 初回は欠席。
 2回目は、田口ランディさんの話を元に、4人で話ができるようなグループ設定。
 3回目の今回は、はゲスト講師、モーリー・ロバートソンさんの話を聞き、質疑応答のみ。

 3回目のモーリーさんのしゃべり(中近東の話題とツィッターなどのメディアの話が多かった)は見事で、私は感動してしまいました。(サンデルさんに感動したように。)すごい知識量と発信力。日本人の母、アメリカ人の父、それぞれの文化をちゃんと2つ身につけて(使い分けて?)おられ、デリケートな感性の持ち主(さすがアーティスト)。
 ただ、今回は講演だけで終わって、「ダイアローグ研究会」と銘打っての会としては、不満も残ったのかもしれません。主催者側からは前振りで、「今回はモーリーさんの話を聞くだけで、対話はできないけれど…」とあったので、「ま、連続の会として大きな枠組みの中ではありかな」とも了解していました。次回にモーリーさんの話の内容をテーマに話すことはできるだろうし…。

 田口さんはご自身のブログで、1/29「聞くと、聴くの違い」、1/28「ネット・情報・人間について・インターネットする?」と二つの感想がアップされています。(私も田口さんのブログ内にある“印象派”という表現にうなずいてしまうタイプ。)
 対話というのは、こういうことまで含めて、相手を感じ取るような緻密な作業もありじゃないか、と思っています。
 冒頭に書いたように、サンデル教授がすっきりまとめてしまうと、削げてしまって、なくなってしまうような部分こそが対話の大事なところなのかもしれません。
 夫曰く「人の話はそのままを聴くべきだ」。確かに。
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by artemis-journal | 2011-02-02 19:07 | 社会

対話 その3 ユダヤの科学者のジレンマ

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 昨日は一日中、「対話」について考えていました。底なしの深さを感じるのですが、もし、その底にたどりついたら、そこは今までに見たこともないような美しい場所なのではないか!そんなイメージが浮かびあがってきます。
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 デヴィット・ボーム(1917~1992)が「ダイアログ(日本語では対話的手法)」を編みだした経緯とは?
 ウィキでチェックして、 核開発でマンハッタン計画に関わった人なんだと知ってそうか!って驚きもしたけれど、納得。

 先日、田口ランディさんのダイアログ研究会で、レオ・シラード (1898~1964)の人となりを伺いました。(ダイアログ研究会の感想は、12/3対話 その1対話 その2
 核の開発に携わる科学者は、ユダヤ人迫害のナチス・ドイツの流れでアメリカに結集します。原爆のためのマンハッタン計画です。この計画の中心人物が、ロバート・オッペンハイマー (1904~1967)。
 ここにアインシュタイン(1879~1955)が重なり…「アインシュタイン=シラードの手紙」。 

 私が感じた驚きは、彼らが核(爆弾)使用の後、後世、罪の意識から、核兵器に対し反対を唱えていることです。原爆の父と呼ばれたオッペンハイマーですら! 科学者が願っていたのは何だったのでしょう?年齢を重ねた科学者たちが 原爆後にいったい何を考えたのだでしょうか?
 ユダヤ系ということで、ナチス・ドイツから離れ、アメリカに集結し、核爆弾が開発・実験・使用され、そこから反核兵器への声を上げています。
 
 デヴィット・ボームは「システム思考」も編みだしています。

 「ダイアログ」と「システム思考」は、共に原爆の副産物と言えるかも。

 「ダイアログ/対話」は知識の応酬ではないと思っています。大事なのは、自分の心にどこまで深く入ることができるか。対立でも勝ち負けでもない、対話ということ。

 最後におまけ。
 シラードの「十戒」。原爆前の1940年発表だそうです。(ウィキより引用)
1. 物事の関わりと人の行動原理を理解しよう。そうすれば、自分が何をなそうとしているかも理解できる。
2. 自らの行いは価値ある目標へと向けよう。ただしそれに到達できるかどうかを問うてはならない。そうした行いは規範や実例となるものであって、目標と取り違えてはならない。
3. それがどのような影響をもたらすかを鑑みることなく、すべての人に自分自身へと語るように語りかけよう。そうすれば、人々を自らの世界から締め出し、孤独の内に人生の意味や、完全な創造性への信念を見失ったりしないだろう。
4. 自らが創造できないものを破壊してはならない。
5. 空腹でない限り、料理に手をつけてはならない。
6. 自らが持てあますものを欲しがってはならない。
7. 必要もなしに嘘をついてはならない。
8. 子供を尊ぼう。敬意をもって彼らの言葉に耳を傾け、限りない愛情をもって語りかけよう。
9. 6年の間は仕事に打ち込もう。ただし7年目には、おのれ一人となるか、見知らぬ人々の下へと歩みだそう。そうすれば、友人たちの思い出が自らが歩んできたことを妨げることはない。
10. 人生を気楽にすごし、声がかかったときにはいつでも旅立てるようにしよう。

 今回はウィキペディアに多謝。
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by artemis-journal | 2010-12-07 14:53 | 社会

対話(ダイアログ)について その2

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 「ダイアログ研究会」の続きです。
 話し合いは、対話と討議・議論(ディスカッションやディベート)を含むでしょう。
 議論する時は、解決だったり、みんなが同意するために論を組み立てる時に使われるのでしょうか。論を闘わせ、勝負もあり。会議はおおかたこちらでしょう。

 では対話は? 
 最近、注目を集めている「対話(ダイアログ)」はもともとギリシャ語に由来するdia=流れ、logous=意味・論の意味だそうです。現代人には“dia”が大事(不足気味?)だろうと思っています。
 日本語で対話というと、会話や話し合いとはどう違うのかしら? ニュアンスの違いは感じます。会話には目的もなく、どうでもいいおしゃべりも含むけれど、話し合いは脱線しないように気を使います。

 「対話的手法」として注目されているダイアログは、デヴィッド・ボーム氏が編みだしということです。私は詳細についてはわからないのですが、対話(ダイアログ)の会に参加するたびに重要なポイントだな、と心に刻むことがあります。
 それは、傾聴、深く聴き合うということ。相手の言葉を聞くだけでなく、自分の声にも耳を傾ける、という点が特徴的かと思います。これってなかなかできないのです。(時に沈黙をも含むし。)

 昨日の「ダイアログ研究会」では、対話とその違いを感じました。「相手の話を聞く」のは結構難しかったりするのですが、「自分の声を聞く」というトレーニングは一般には行われていないな、と思いました。心理学や瞑想という分野では「内観」という言葉もあり、重要視されていると思います。

 私なりに言いかえると、自分の声を「知識」に置き換えて話すのが、議論です。
 対話は知識のやりとりではなく、「知恵」に近いかな、と思います。
 ランディさんはニュース話題など、中学生のお子さんと話せば「知識量」として圧倒できるけれど、彼女自身が、子どもからいろいろ気づかされることがある、とおっしゃってました。そういう部分を含んでいるのが知恵につながるのかもしれません。

 おしゃべりは得意でも議論が苦手、なんてこともありそうです。

 コミュニケーション手段のツィッターやブログ、ネット社会について、ちょっとだけですが話題にあがりました。「ブログの内容はウソではないけれど、真実でもない」そんなかすめ方で終わりました。
つづく…。
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by artemis-journal | 2010-12-03 15:59 | 社会

対話(ダイアログ)について その1

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 昨夜のお出かけは「ダイアログ研究会」。 
 田口ランディさんが、核開発に関わったユダヤ人の科学者、レオ・シラード(1898~1964)の話を、小説家らしく、ユニークで相当な変人ぶりの人柄に焦点を当てた40分ほどの講義の後、6名グループでの話し合い(対話)を1時間。
 テーマが難しく「核の利用について、平和的利用(原子力)と核兵器は分けて考えるかどうか」+「コミュニケーションや対話について」。

 オープン形式の誰でも自由参加で、大学関係中心のアカデミックな集まりではあるけれど、立場はさまざま、視点が違って、価値観が違います。ランディさんの講義だけが共通項。数時間で、初めて会った方々との「対話」の場を作る難しさを学ぶ良いチャンスでした。

 「今日は対話(ダイアログ)と討議・討論(ディスカッション)の違いなく、グループでの納得できる対話をしてください。」そうおっしゃった北村先生は、「ただし」と付け加えられました。「シニアの方は自分の経験の量を話すのではなく(経験は重みを持つので)、内容を話して下さい。若い方は特権でどんどん突っ込んでください。」とおっしゃいました。いいですね!このルール。
 そして「対話のあとに、自分が変わる事(他者を変える事ではない)が大事です」とのコメント。

 会の終わりの感想に、主催者側の方のおひとりが「(他者を説得せずに)自分が変わる、という事でしたが、、参加者一人ひとりが変わったなら、つまり、全員が変わったことになるんですよね。」とおっしゃって締めくくられました。これは相互作用のなせる技!

 …で、私がどうだったかというと、変わったかどうかはわかんないけれど、帰りがけに同じ会に参加していた夫と「どうだった?今日の会」という話(会話)ができて、頭の中の整理ができたな、という感想でした。
 つづく…。
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by artemis-journal | 2010-12-03 15:37 | 社会