<   2011年 03月 ( 2 )   > この月の画像一覧

仙台の縁での支援、せんだい・みやぎNPOセンター

  お気に入りに入れてね! リンクもうれしいです。
☆★アルテミスのトップページへどうぞ。★☆
★☆「月のやさしさ」のダイレクトショップはこちらです。★☆

☆★月のやさしさ日記もよろしく。☆★

 先ほどに続き、一気にふたつめのジャーナルのアップです。

 ひとつ前のジャーナルに友人の声を転載いたしましたが、東京の私に何ができるのだろう?と考えていました。
 ボランティアとして現地へ出向く。義捐金や支援金という寄付。
 夫も現地へ…、とのはやる思いもありながら、椎間板ヘルニアで腰を痛めた身、迷惑のかかるような事もできない、と迷いの日々。

 仙台の千佳さんからは、「日々状況が変わるので、長期的な支援をお願いします」と記されていました。そう、私にできるのは、長期的支援!

 多くの募金は「日本赤十字に寄付」となっています。こちらは義捐金で、自治体を通じて公平分配しなければならないそうです。
 では、支援金はどうかというと、これもどこに? と迷います。詐欺まがいの怪しい団体もある悲しい事実。

 そこで、国際協力NGOセンター(JANIC)は「地震の被災者に向けて緊急支援を実施している、もしくは支援活動実施を決定しているNGO31団体に均等配分」としていることから、安心できるかと思います。

 私は仙台の縁で、友人の加藤哲夫さんが代表をなさっているせんだい・みやぎNPOセンターに毎月の支援をすることにしました。
 少しずつでも長期に寄付を続けて行こうと思っています。「11日は震災メモリアルとしての振込」という感じでしょうか。(他の団体で毎月クレジットカード払いで引き落としという会員制度があるので、そのノリです。)
 緊急性が落ち着くと、ぐっと支援が減るのは想定内です。

 加藤哲夫さんが病の身をおして頑張っておられることを思うと、何かせねば、と駆り立てらる思いです。
[PR]
by artemis-journal | 2011-03-31 17:21 | 社会

仙台の友人の声

  お気に入りに入れてね! リンクもうれしいです。
☆★アルテミスのトップページへどうぞ。★☆
★☆「月のやさしさ」のダイレクトショップはこちらです。★☆

☆★月のやさしさ日記もよろしく。☆★
 東北北関東の地震・津波の震災に加え、福島原子力発電所の悲惨な事故で、何万人という方々が被災され、避難先でご不自由な生活をなさっていること、心よりお見舞い申し上げます。

 東京に住む私は、大変な揺れを感じることで、地震の被害もなかったのですが、軟弱な私は気持ちのダメージを受けてしまいました。(>_<) 立ち直りに、ちょっと時間を要してしまった次第。お恥ずかしいです。
 
 1月に10数年ぶりに昔の仲間と集まった同窓会が仙台でした。(2011/1/28のジャーナルの下の方で触れています。)東北大学の卒業生、仙台がご実家の友とその子、そして仙台在住の方々…。皆、エコロジーのワークショップを作りあげていった仲間でした。その仲間のおひとりの方から、震災のご報告を頂きました。

 小学生から高校生の3人の男の子のお母さんの千佳さん。南三陸の御親戚の家は流され、たくましい息子たちが、給水や買い物に並びながらも、品不足だという日々を経て…。ガスはないけれど、炊飯器でお湯をわかして衣装ケースのお風呂の工夫の報告もいただきました。
 その後、千佳さんからメールの転載のご許可を頂いたのでここでご紹介します。

以下は千佳さんから頂いた3/28付のメールです。
∞…∞…∞…∞…∞…∞…∞…∞…∞…∞…∞
下記は佐賀の方から
> なぜ清水さんは仙台から移動されないのですか?
> おうちが無事で、生活が安定してきているから?とか。
> やっぱり、住みなれた土地を離れたくない。とか。
> 勝手にいろいろ想像して、すみません。。。汗
> なんで私がそういう質問をするのかわからないかもしれない。とも思ったのですが、
という質問をいただき、その返答として書いたものです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
生活が安定してきている・・・という状況にはまだ遠いです。

ライフラインはまだ復旧していません。
ガスがないので風呂に入れませんし、
水道が出ないエリアもありますし、
仙台市内でも海沿いはまるごと流されているので電話等も通じませんし、
建物自体がなくなっています。

関東から関西圏や九州へ一時避難される方を非難するつもりはありません。
可能な方は1キロでも1メートルでも遠くへ行ったほうがいいのでしょう。
子どもだけでも・・というのもよくわかります。

私はチェルノブイリ以降の反原発運動にも
20年来ずっと関わってきたものの一人です。
(女川原発わきの「原発あっかんべえ」の看板の絵は私が描いたものです)
ですので原発に対しての考え方はもちろんNO!ですし、
危険性はそれなりにわかっているつもりです。

でも西日本のみなさんのML情報を見ていると温度差を感じるのは確かです。
私の周りには今遠方へ移動しようという人は少ないです。
うちのように沿岸部の避難所からきた人たちを受け入れている、
もしくはガソリンと物資を入手してさらに被害のひどいところへ物資輸送したり、
だからと自分の家の被害は微少だからと炊き出しをしたり
避難所で紙芝居や読み聞かせ、手遊びを・・なんて動きをしています。

ビーアイにも子どもたちが来始めており、
私は今自分たちだけ、うちの子だけ安全な場所に・・・
という気持ちにはとてもなれません。

> 佐賀からは、東北の方たちの県民性とか、今の現地の状況が
> あまり想像できないので、
> ここに居て私にできる事!だと思ってやっている事が、
> 本当は必要ないことなのではないか?と思えてきたのです。
>
> 私は、家を失って避難している方なんかは特に、一旦県外の安定して暮らせる場所へ避難をして、現地の復興を待ってから地元に
帰るというのが、
> 遠くから、物資を送り続けるよりもいいのではないかと思ったりしたのです。

ご意見、もっともだとおもいます。
県外移住の情報提供もしていますが、県民性?かどうかはわかりませんが
東北人には住みなれた土地を離れたくない方が多いです。
移動避難をぱっと決断しているのは転勤族や県外に実家がある方。
それに農業や漁業に従事していた方は田畑や海への愛着があります。
都会の人のようにパッとよそへ行く決断はできません。

町まるごとなくなってしまった南三陸町や陸前高田市すら
住民は近隣市町村の仮設住宅に移動することにも抵抗があります。
原発に近い福島の町村住民も避難勧告が出ているにも関わらず
家に戻っている人もあります。
うちの従姉のように戻れないし、戻っても何もないなら
新しい土地で生活を立て直そうなんて決断をしている人は少数です。
(従姉妹にも奈良・京都の受入れ情報は教えましたが、行ってみたい気持ちには
ならないようです・・90歳のじい様もいるのでそれどころじゃないって感じ。
仙台に連れてくるのすらやっとだったのです)
町の復興を待ってから地元に・・・とおっしゃいますが
今回は残念ながら復興できない町村も出てくると思われます。

各地からの支援のお気持ちはたいへん嬉しいのですが
必要な物資も日々刻々と変化していますので
最新の情報をGETして応援してほしいと思っています。
一時避難としての受入れのつもりが
先が見えない長期受け入れになる可能性だってあります。
いっときの同情だけでは長続きしません。
実の親子ですらしばらく別居していたのがこの震災を期に
ひとつ屋根の下に暮すようになりぎくしゃくしている・・なんて友人もあり、
ましてみなさん、他人を受入れしようとしてくださっているわけですから。

だんだん物流が動き出した今は
物を送る支援はそんなに大急ぎでしなくてもよいと思います。
避難したはいいものの、戻れない方も多いので
この先は雇用とか金銭的支援、精神的支援が必要になってくると思われます。
瓦礫や崩れた室内の物の移動や片づけ、医療や福祉のサポートなど
人的支援もまだまだ必要ですが、
誰かれがどーっと被災地に向かっても現場は混乱するばかりです。
高速道路は一般車も通れるようになりましたが、市道・県道・国道とも
陥没したり、片側通行だったり寸断されたままのところが多数あり
すぐ渋滞になります。
そのうえ、ガソリン給油を待つ長い列が1車線ふさいでいます。

西日本には本当に悲惨な映像や状況ばかりがニュースとして流されているようで
昨日は奈良から(財)たんぽぽの家の方が手伝いに来てくれていたのですが
「実際に自分の目で見てメディアで流されているのとは
ずいぶん状況が違うんですね。ちょっと安心しました」とおっしゃっていました。
∞…∞…∞…∞…∞…∞…∞…∞…∞…∞…∞転載以上

[PR]
by artemis-journal | 2011-03-31 17:07 | 社会