<   2009年 10月 ( 7 )   > この月の画像一覧

カウンセリング・マインド

☆★アルテミスのトップページはこちらへ。★☆

 ハローウィーン。秋の収穫祭と日本のお盆が一緒になったようなケルト発祥のお祭り。
 この日のために、「今年は何になるか?」とちびちゃんたちは真剣に迷い、魔女になったり、妖精になったり……。母の私は衣装作りに苦労した、というのも懐かしい昔話。
 本日は土曜のハロウィーン。パパたちも楽しそうな格好です。ご近所は親子で子ども同士の家を訪問して、朝から「お菓子袋」いっぱいに子どもたちの歓声。
 夜、かぼちゃのランタンの光で、暗い中、ドアをノックするのが楽しいのですが……。そういうわけにもいかない現代、風情はないですけれどね。
 今年の私は別のことで頭がいっぱいで、楽しいハローウィーンをすっかり忘れてしまうほど! あれあれ、です。

 昨夜は、泳ぐことでそんな気持ちをリセット。
 呼吸を乱さず、波を立てずに静かに水をかき、バタ足は、ただ膝をそろえ、身体の中心を一直線に保ち続ける……、そんなイメージの20分間。ただただ、手と足を動かし、気がかりなことを呼吸とともに昇華させていく作業。
 繰り返し湧きあがってくる思いにつきあうと、20分では足りないのですが、そうはいっても、体力は気持ちにおっつきません。

 昨夜は泳いだ後の遅い夕食ののち、電話で母の“気がかり”を聞きながら、気楽になれるように解決方向へ……。そういうのはできるのに、自分の“気がかり”については、やりようのない気持ちに振り回されてしまいます。独りではダメですね。
 今朝は、友人が仕事の合間の電話で、私の話しにつきあってくれ感謝です。整理がつきました! カウンセリング・マインドは、誰もが身につけたい手法です。
[PR]
by artemis-journal | 2009-10-31 22:21

優しさに変えて

☆★アルテミスのトップページはこちらへ。★☆
★☆オリジナルショップもオープン。★☆


 晩秋。さわやかさとともに枯葉の舞には、終息を感じます。

 療養中だったスタッフが元気な声を聞かせてくれ、ほっとしていた時、友人からの仰天する知らせを受け動揺する私。
 
 私の仕事の役目は、さまざまな動き、速い、遅い、静か、元気、スタッフの調子を束ねてひとつの形に仕上げること。もちろん、私の調子もあります。

 肝心なのは、私がどういう風に在れるのか、です。b0002916_1162669.jpg

 強くもあり、デリケートでもあり、いい加減でもあり、こだわりもする、という私です。

 受けた言葉に傷つき、時に励まされ、私の言葉は人を傷つけ、人を励ます……。

 人の巡りは、私が差し出した気持ちが、どこかの相手から還ってくるものです。
 
 私というフィルターを通った時、優しさに変えてから発したい言葉ですね。
 それが言葉の力。
[PR]
by artemis-journal | 2009-10-30 11:09

積極的平和の語義、どっちが正しい?

☆★アルテミスのトップページはこちらへ。★☆
★☆オリジナルショップもオープン。★☆
 

 先日、財団法人日本国際フォーラムの政策提言が、産経新聞、朝日新聞、日本経済新聞、ジャパン・タイムズ、インターナショナル・ヘラルド・トリビューン/朝日新聞の五紙の意見広告として掲載されました。

 「こんな読みにくい文字、誰が読むのかな?」という体裁ながら、がんばって読みました。
 三章からなる政策提言の第一章は「国土防衛のための提言」。小見出しとほんの一部を抜粋してみると…
 
1.「非核三原則」などの「防衛政策の基本」を再検討せよ
  「非核三原則」の第三原則「持ち込ませず」も形骸化している。米国の拡大抑止に依存する日本の立場と矛盾しない原則にする必要がある。

2.米軍再編プロセスに協力し、集団的自衛権の行使を認めよ
  集団的自衛権が行使可能な権利であることを、解釈の変更または憲法の改正によって認める必要がある。

3.「武器輸出三原則」は根本的にそのあり方を見直せ
  「一国平和主義」「一国防衛主義」の観点から独り善がりの平和主義に陥っている。

4、国家の情報収集・分析体制を整備・強化せよ
  公開情報に偏向してきた情報収集体制を改め、「ヒューミント」(人脈情報)の非公開情報収集体制を強化すべきである。

 ご挨拶には「これまでの消極的・受動的平和主義から積極的・能動的平和主義へ進化すること」とあります。

 どうお感じになりますか?

 一方、平和学という学問もあります。

 岡本三夫先生は、積極的平和を「衣食住、人権福祉、エンパワーメント、構造的暴力の極小化」だと。消極的平和を「戦争の不在(戦争がないこと)直接的暴力の極小化 」。その上で、平和=消極的平和+積極的平和と示されています。

 ベクトルが反対向いているふたつの「積極的平和」ですよね。日本国際フォーラムの主張は「積極的防衛」とだと思うのですが。
[PR]
by artemis-journal | 2009-10-26 17:28 | 社会

買い物になってしまう命の誕生

☆★アルテミスのトップページはこちらへ。★☆
★☆オリジナルショップもオープン。★☆


 たまに声をかけていただくパーティは、かれこれ20年来の女ともだちの集まり。
b0002916_11543195.jpg

 先夜は料理上手の友の南インド料理。アーユルヴェーダの解説付き。炒めると香りが出るという「カレーの葉」というお初の生葉の香辛料にもお目にかかりました。サフランは体を温める女性の味方。いえ男性にも良いそうです。血の巡りをよくするわけだから。アーユルヴェーダの見方で体のバランス(ドーシャ)を整えるダル(豆)カレーだそうで……。
b0002916_11544378.jpg

もう一人の友もレンコンとかぼちゃとカリフラワーのサブジ(炒め物)を披露。
b0002916_11545585.jpg


 料理上手の友のお連れ合いはインド関連の物書きでインド暮らしも長いので、並のインド通ではなく、とっても詳しいのです。
 何年も前にはサリーを着て楽しむという優雅な会もあったことを思いだしました。今回は普段は観ることのできないDVDの観賞会。
 インド女性の“貸腹業”のドキュメンタリー『グーグルベイビー』。
 アメリカ人が卵子や精子を人工受精し、インド女性の“貸腹”で育て、子供を作り上げ、生まれたての子どもは違う夫婦のもとへ。
 貸金融業と品格を同じくする貸腹業だと思います。(代理“母”ってのは、育ててこそ!と思うのです。産むマシンではない!)
 この映画の衝撃的な部分をいくつかあげると……
1、貸腹業のインド女性は、一人産めば家が建つぐらいのお金をもらえる。(出産経験がないと貸腹はできない。インド人の夫は、妻の体で立った立派な家を自慢したりする。

2、卵子提供(売り手)のアメリカ人の若い美人妻は、自分の卵子を高額で売り、ガンマニアのその夫婦は、光り輝くガンを購入して、実の子供たちにもガンを握らせ、家を立派にするために稼ぐ。(排卵誘発剤は癌のリスクがあるそうだが、彼女はその代償を受け入れてもお金が欲しい。このときは30個の卵子を提供。)

3、貸腹業を「もっと安く」とビジネスとして横行しはじめている。(困っている人を助ける貸金融業みたいでしょ)

4、「産めない女性を助けている」と、助け合いの精神で自分を納得させている貸腹の女性。(インド人の女医がそう説得している。)
 
 イスラエルのゲイカップルが探す「卵子」は白人のグリーンアイの美女の卵子。ゲイですから精子はたくさんあるわけで、子供が何人できるのやら? 冷凍保存しておき……。
 この一連の作業は、写真をクリックしながらオンライン上で、スカイプを使った商談。卵子や精子を受精させた後は、「いい卵」を選び体にインプラントして、10ヶ月後、できた赤ちゃんをお腹を切り開き取り出し完了。卵子も精子も貸腹の値段もあるようです。それをマッチングさせて、コーディネートするという商売。友もブログに感想を綴っています。ご覧あれ。

 パーティの最中「学級閉鎖だ~」とメールがまわってきた友人。話題はインフルエンザのワクチンに。メンバーは予防接種は避けてきたし、子供にも受けさせなかった面々。自分の力で戦えるからだ作りを! というのが私たちの常識。「早くワクチン接種を!」という風潮に、あきれているのです。
 看取りを経験した友たちは、自分の死は自分で選びとりたい、と常々思っている様子。
 代理母、臓器移植や生と死の話題に発展し、にぎやかな女ともだちの晩でした。
[PR]
by artemis-journal | 2009-10-23 12:17 | 社会

やはり『プール』は……

☆★アルテミスのトップページはこちらへ。★☆
★☆オリジナルショップもオープン。★☆


  地元のバウスシアターの映画はそれなりのセレクション。今、『かもめ食堂』や『めがね』の小林聡美さん、もたいまさこさん、加瀬亮さんという味のある俳優さんたちの映画『プール』が上映されています。
 『かもめ食堂』と『めがね』の監督は荻上 直子さん。描写も美しかったし、間の取り方、それに何より“面白味”がありました。また、料理の扱いが見事でした。(料理=ココロですからね!)私には、適度な緊張とリラックスを味わえる両作品が好きでした。
 ですから、「第三段!」なんてわくわくして先走った思いが先行。(一抹の不安を感じてはいたのですが……。)
 両作の監督とは違う女性の監督であることは事前に知ってはいたのです。俳優さんたちがどう変わるのかな?と、ちょっと楽しみな感じも持っていたのです。うかつでした。
 三番煎じのような映画。映像に玄人の個性や美しさは感じられず、面白味もなし。ストーリにいたっては、つまらん、のひとこと。いやぁ、原作は大事です。加えて、良い素材(俳優)であっただろうに、料理(作品)への思いがうすっぺらというか、デリを買ってきて盛り付けたような手抜きで、ちゃちなお味の映画。
 『かもめ食堂』は原作 群ようこ、脚本・監督 荻上直子。
 『プール』は原作 桜沢エリカ 脚本・監督 大森美香。
 製作プロダクションはパラダイスカフェで一緒。

 テレビドラマなら、「つまんなかったね」と忘れるのですが、映画だと、“わざわざ”感があり、今回にいたっては、「予告篇やらにだまされた~」という感はいなめません。
 『アマルフィ 女神の報酬』もそれほど面白くはなかったけれど、でも、イタリアの美しさや映画のダイナミックさもありNGにはならず。

 いろいろ勉強になりました。『めがね』と『プール』の企画にある女性の名。ふーむ、この女性、たぶん……、なんて、勝手に想像をふくらませています。
 お口直しに一言。『ポー川のひかり』、さすが岩波ホール!でした。
[PR]
by artemis-journal | 2009-10-19 00:00 | 映画

ファドと能

☆★アルテミスのトップページはこちらへ。★☆
★☆オリジナルショップもオープン。★☆


 ファド。ポルトガルの哀愁に満ちた民謡。

 ボサノバ。ポルトガル語の歌。この何年かは、日本でもアントニオ・カルロス・ジョビンやジョアン・ジルベルトが静かなブームでした。日本人では小野リサさんかな。
 ちょっとけだるい感じもあり、こちらはブラジルの明るめの音楽。

 ブラジルとポルトガルは同じポルトガル語。海つながりです。 

 ポルトガルと言うと、南蛮貿易ぐらいの知識の私。
 ところが、ファドというと、ポルトガル語はわからないのだけれど、その歌には惹かれるものがあります。ヒットチャートにのるわけもない音楽ですので、簡単に耳にすることもなく…。
 その珍しいファドの歌い手、松田美緒さんにフューチャーしたコンサートへ出かけました。ホールの具合もあり(どこのホールも空調音には悩まされるわけですが)、彼女の声質もありで、小さなホールながらマイクを通さざるを得ないのに、ちょっと残念な向きもあり。(私が生の声を好きなだけですが。)
 ファドの魂である歌詞が、どちらかというと、幾多の哀しみ、つらさを乗り越え、ぐっと歌い上げる、人生経験たっぷりの年配の女性向きの歌詞。そこを、まだ若き乙女の香りを残す松田さんが、がんばって歌って下さって……。よかったです。体力が許すなら、なら打ち上げでお話してみたかった……。(私は夜更かしが苦手で、終演後はすぐに帰路へ。)
 曲目にはタンゴもあり、武満徹作品もあり。たっぷり楽しめました。
 共演者はでっかい野獣のようなコントラバスを見事に操る奏者、齋藤徹さんと、コンサートの企画者でもあり、探求心を失わない異色のジャズピアニストの黒田京子さん。
 三人の音楽への思いのコラボを楽しんだ一夜でした。
b0002916_2251588.jpg

 そして翌夜は薪能へ。
 吉祥寺の立派なお寺、月窓寺の境内での薪能です。日が落ちてから2時間半と長い時間だったのですが、その長さを感じさせないほど、見入ってしまうものでした。
 吉祥寺の町づくりの一環のこの企画。アニメフェスタやジャズフェスタなどとは違った、重みのある文化継承の場であることに、武蔵野市民としてはちょっと自慢したくなります!
 数年前に新作能の「水俣」を国立能楽堂で観たのですが、難解な印象。今回の演目は明解に感じたのは、なぜだろう? そのひとつに、木々に囲まれた野外で、薪の炎、そして何より舞台背には松の木があったり、という全体の場の力かな、と思いました。

 ファドにしても能にしても、言葉としてその意味を理解するのは、その言葉の包みこまれた魂を味わうことなのだ、ということを確認した次第です。
 言葉も音楽も、「音」として発せられ、はかなく消え失せてしまいますが、受け取った側の心にに残ることが確かにあり……。うーん、小難しいことを書いてしまいました。
[PR]
by artemis-journal | 2009-10-18 12:58 | 音楽

少々疲れて…

☆★アルテミスのトップページをリニューアルしました。★☆
★☆オリジナルショップもオープン。★☆


 この1か月、いつもと違うペース。苦手なことをやり続け、辟易、というか集中力も限界。
 そして台風一過の秋。夏の終わりに心は落ち着くのですが、秋が深まると、私はぐぐぐっと淋しさ、虚しさ、そんな感情が台頭してきます。

 夢劇場も強烈な感じで、朝を迎えます。ストーリーとか情景まで覚えていられないのが悔しいですが。

 最近、少々疲れ気味。自分のことより、まず、相手の立場に立って、一呼吸置いてから……。誰かとの会話は、そんなトレーニングのための時間になっています。仕事もプライベートも……。
 疲れた感じになるのは、相手の気持ちとは別に、自分の思いもかぶってきて、内面的な葛藤が起こってくるからかも。
 立場上どうしても聞き役に回ることが多く、気を許せる友に会ったりすると、自分のことばかりしゃべりたくなってしまいます。
 結局は「気持ちわかって欲しいのよ」ってところなんでしょうね。

 相手の真意を捉えようとして一生懸命に聞いていると、相手の言葉のはしばしに、言っていることとは反対の色が見えたりします。「あ、この人の気持ちって、言ってることとは違うな」と。
 そこで、「うーん、それって本心じゃないでしょ。」ってつっこむのはちょっと憚られます。
 相手が「気づく」ようなきっかけを探しをしながら、一生懸命に会話をするわけですから、へとへとになります。

 気持ちに添ってくれると(わかってくれなくてもいいのですが)、私は安心するので、できるだけ私もそうしたい、と……。

 歳を取ると自分の意見を押しつけてしまいがち。相手を育てる、という立場をわきまえていないとね。……と理屈ではわかっているんです。でも、続けていると鬱積するものです。
 そろそろ私も愚痴をぶちまけたくなってきました。はて、誰が私の犠牲になるのかしら?
[PR]
by artemis-journal | 2009-10-10 00:39