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やれやれ

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 梅雨明けしたのかも?!という東京地方。子どもたちの夏休みまで、あとちょっとですね!

 昨年から私は「学び」の体制作りに励んでいます。
 5年ほど封印(?)してしまっていたワークショップを再開にあたって、あちこち勉強会に出かけています。
 参加者としての学びを続けていかないと、主催者として良い会にするのが難しくなってきますし。
 学びをいい加減にしていると、何かと不備が出てくるもの。慣れてマンネリ化は、古ボケてきますからね。
 どんなものでも大切にしているものには「磨きをかける」お手入れが大事、っていうところでしょうか。

 私の場合は、環境関連での学びの場が多いのですが、余暇(?)を兼ねてフラワー・エッセンスのセミナーもすごく楽しめています。
 昨日は単発講座で、楽しみにしていた「ワールド・カフェ」というワークショップの手法を学ぶことができました。
 何度か体験していて、とっても良いなぁ、と思っている時に、ちょうど良い学びの機会を与えて頂け、感謝!

 ‥‥とそんな楽しい最中に、先週末には、仕事上でミス発覚。(うーー、こんな単純で、でっかいミス初めて!)
 何故これが起きたかを検証すると、ま、私の頭の整理状態が悪かったのだ、とわかります。
 仕事の種類(数)が増えると、先のことまで気が回らず、まずは、時間が迫ったものから処理しています。
 ここでの仕事の種類というのは、ビジネスだけではなくて、子どもの事やら、親の事などさまざま。ビジネスの仕事もルーティーン以外もあり、そちらに気を取られていると、日頃の慣れた仕事に手落ちが‥‥。
 加えて、いろんな家庭のスケジュールが入り組んでいるものですから、「あれ?今日?あした?」ということが‥‥。
 さぁ、出かけよう、と玄関先で突然思い出したこと。「えっと今日10日だよね‥‥。予定は11日5時渋谷‥‥。???明日じゃない!」
 こんな早めの勘違いは問題もあまりないのですが、既に終わって気づいた時は、ただ真っ青‥‥。すっぽかしているではないか!!!
 時系列に並んだカレンダー(時間感覚を持ったシュミレーション予定)ではなくて、項目だけしか頭に入っていないので、時間の流れが見えていないのです。
 「保護者会」「待ち合わせ」「講座参加」「予約電話」その他諸々、それぞれはちゃんと覚えているけれど、まったく関係性が見出せずに、家庭の仕事とビジネスの打ち合わせがやたら混在しています。夜も昼も週末も休日もメリハリなし。
 もちろん、スケジュールノートには書いてあるんですよ。 (時々、1か月勘違いしてますが(>_<) )

 ワークショップは本番と同様、準備がとっても重要で大変。準備がどこまで整っているか、つまり頭の中でどれだけのシュミレーション・パターンができているか、で大枠が決まってきます。
 今の私の頭の中は、シュミレーション抜きの実感の湧かない、「文字上のスケジュール」で構成されているわけです。これは使えません。
 暮らしでいうと、「5時に夕飯を作る」という時に、5時までに必要な買い物していないとダメなのに、今の私はそれができてないわけ。やれやれ。

 昨日の「ワールド・カフェ」というワークショップ、実は鍋料理屋のようでした。。
 参加者にふさわしいとびきり良い素材(質問)を揃え、お客様をお招きする。そして料理そのものは参加者が行う。昨日の鍋料理がすき焼きだとすると、関西流、関東流と味付けの基本はその料理屋(ホスト)のお味の個性、っていう感じでしょうか。
 そして、同じ素材もお客様の火加減などで、違ったお味になるのですから、面白いものです。
 
 さてさて、私も自分のスケジュールをワークの用にちゃんと準備(シュミレーション)しないとね!
 夕飯におかずは出来あがっても、肝心のお米を切らして、ご飯が炊けてない!!! なんてことになりかねない私です。
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by artemis-journal | 2008-07-13 15:13 | 生活

判断を鈍らせるもの

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 このところ、「掲示板」なるものを“研究”していました。
 疲れてエネルギー消耗しきって、頭痛のする日々を送りました。こんなくだらない書き込みし続ける人たちががいるのだ‥‥、とただただ驚いていました。
 数種類の掲示板の“研究”をしてみたわけですが、私なりの一定法則を見つけることができたので、ここで一旦打ち切り。(これで頭痛は治りそう!)

 掲示板がコミュニケーションのひとつの方法で、「電車男」が流行ってほほえましいことではあったのですが、あれはほほえましさは例外的なんでしょうね。

 私は数年間“ワークショップ”という現場からもちょっと距離をおいていたし、若い人たちの変容についてはちょこっと聞くだけで、実感する機会はあまりありませんでした。
 ところが、この5年の間に事情はどんどん変わり、「人が人らしくなくなっているんだ!」 と驚いています。
 ちょっとオーバーな言い方かもしれませんが、動物的な人の力がぐぐっと減ってきている、とでも言ったら良いのでしょうか。。。(誤解を招くのも不本意なので、あまり明確には書き表せないのですが。)

 そういう若者たちの利用する「掲示板」というところは、生な人間とのつきあいではなく、「言語」の中の「書き言葉」だけで総てを完結させています。
 感情を言葉に込めているわけですが、知らない者同士だと、思いやりがなくてもやっていけるし、ののしったり、罵倒のリピート。これは感覚を麻痺させて行かなければ、神経をやられそうです。
 議論のための掲示板の罵りあいは、抑圧されきった感情、あるいは、相手をやりこめ、貶めるために使われているようにしかみえません。(お互いを高めあえないということで)
 で、掲示板の書き込みで記憶に残ることというのは何だと思いますか?
 それは議論の内容以上にその書き込みから読み取れる(感じ取れる)「気持ち」です。
 罵倒されて終わった人‥‥。
 ただ読み流しただけでおしまいの人の記憶には残らないのですが、やりとりしている本人たちの気持ちは如何に?

 私なりの結論として、掲示板の応酬は、言葉遣いに「思いやり」が見当たらない場合、とっても悪いエネルギーに取り込まれるので、絶対に読んではいけないし、もし、仕方なく読む場合は、「悪いエネルギーは自分に取り込むことはない」という確固たる信念が必要かもしれないな、と思いました。

 以前、2ちゃんねるを読み続けていた友人は、「本音が聞ける」と言って研究していたようですが、私には「本音ではあるだろうけれど、悪いエネルギーに魂を犯されてしまう可能性がすごくある」と感じました。

 今このジャーナルを読んでくださっている方とは、あまり関係のないことかもしれないのですけれどね。でも、時に「2ちゃんねるを活用しています」という方にも会いましたし。。。

 自分の感性や判断を鈍らせたくないのなら、近づかない方がいいのが掲示板では?
 もし、利用するなら、それなりの覚悟の上、確固たる自分の信念・気持ちを持った方がいいんだな、と。
 同様のこと、ブログのコメントにも言えますね。
 SNSはまた違うようですが。
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by artemis-journal | 2008-07-06 23:52 | 社会