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『トゥルーフード・ガイド』

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 今日も秋のさわやかな1日でした。少し環境関係は勉強しなくちゃ、と言い聞かせていた矢先、ちょうど知人から『トゥルーフード・ガイド』発刊記念パーティのご案内が届きました。知人は現在、グリーンピース・ジャパンで大役を務めていて、彼のお人柄もあり、誘われると「行かなくちゃ」という気になるから不思議なものです。
 先約もあり、私は1日に二つもスケジューリングするのは得意ではないのですが、遅れながらも、私の関わっている生協のスタッフまで誘って大手町まで上京。
 『トゥルーフード・ガイド』、簡単に言えば、遺伝子組み換え原料を使っていない食品ガイドですが、もっと正確なことはグリーンピースのトゥルーフードでご覧下さい。
 日本の遺伝子組み換え食品のガイドラインは、食品含有率、遺伝子組み換え5%までは「遺伝子組み換えでない」と表示できる、というごまかしが潜んでいます。そのことに目をつぶったとしても、「遺伝子組み換えでない」という食品だけで生活することは、まず不可能なのが現代です。
 醤油や油の原材料、あるいは動物の飼料、という食物の源を辿る過程で混ざってしまいます。家庭で気を使っていても‥‥。我が家においてはお弁当やお惣菜、外食をカットするのは、非現実的です。ゼリーに混入したり、スープになったりわからない素材となってしまうBSEと似てるような気もします。
 トマトジュースが売りのキリンが、遺伝子組み換え反対に合い、遺伝子組み換え導入を止めた、という私の記憶があります。つまり、消費者の意向は強く反映されます。ですが、今回の吉野家牛丼復活劇のように、ちょっと時が立てば、人は忘れて行くのも確かです。
 だからたまに、今回のようなキャンペーンで、忘れかけていたことを思い出す必要があるんだな、と。
 それにしても、カルビーがだめで、ブルボンが良いのか。日清が良くて、エースコックがダメか。メーカーさん、是非、遺伝子組み換えでない素材に変更して下さい。そしたら、私は口コミで、「○○は遺伝子組み換えでないんだよ~」と広めさせていただきます!一面的ではありますが、企業姿勢が伺えます。
 ひとりひとりがメーカーに「どうして遺伝子組み換えでない原料にしないの?」って尋ねていけば、それで改善につながります。それが、今話題の企業のコンプライアンスに関わるのだ、ということを、最近つくづく感じています。もし、その声を無視していくと、後で会社は大変なことになるかも?!? そう、私みたいなうるさいやつらがいろいろいるからね。
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by artemis-journal | 2006-09-29 20:26

コーヒーと絵と音楽と

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 もうすぐ9月も終わりを迎えます。夏の残暑と秋の始まりが入り混じった9月。下旬となり、夏はもう、過去の思い出となり、思いは冬の方向へ。
 そんな秋はコンサートや芝居の季節です。友人たちからのご案内も続き、一人遊びには事欠かずにすみそうです。
 今日は雨上がりにコーヒーを1杯欲しくなり、近くのアンダンテさんに出かけました。そこで目に入ったのが、草間弥生さんの版画。色使いが大好きな作家さんです。コーヒーカップとかぼちゃの2枚の作品。衝動買いをする私のこと、ついつい「お値段は?」なんて尋ねてしまうのです。今はとても版画を購入するお財布の余裕などないのですよ。どうひねっても、これはやりくりできない、と断固決断。時々コーヒーを飲みに行って、楽しむことにしました。
 コーヒー豆屋さんのアンダンテにさんは、ちょっと絵が飾ってあったりします。それが、たまに著名な作家さんのものだったりもするので、感激です。この前は前田常作さんのマンダラが飾ってあったのがご縁で、展覧会に行くことに。アンダンテさんは普段は無料で壁スペースを貸してくださるのです。
 美術館で気合を入れて作品を楽しむのも良いのですが、おしゃべりとコーヒーやアルコールの中で、作品に囲まれるのは贅沢。
 私が20代の頃、自分の趣味に合ったスペースを創り、皆でおしゃべりする、そんなことを夢語りにしたことも。今や、そんな面倒なことは考えられず、喫茶店などの心地よい場でおしゃべりさせて頂くのが気楽ですよね。
 自宅で引きこもって仕事をしていると、時に行き詰まりますが、そんなとき、淹れて頂くおいしいコーヒーと、音楽に絵、なんていいでしょ!
 私のお手軽な気分転換でした。
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by artemis-journal | 2006-09-27 15:53

祈り、「イスラーム巡礼」(野町和嘉写真展)を見て

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 この季節、こおろぎや鈴虫の音、金木犀の香り。そして今夕は細い細い月が!
 私は夕暮れ時が1年中好きなのですが、この季節は夕映えが見事です。物悲しい感じ、また、昼間の雑事がすーっと消えて行くような、そんな感じが大好きです。
 陽もとっぷり暮れ、さて、今日はあと何をしようかな? と街中を歩いている時「そうだ閉館まで30分はある!あの写真展を見よう」と「イスラーム巡礼」(野町和嘉写真展)に駆け込みました。そのキャプションや写真に惹きこまれ、23日は彼の講演会に足を運びました。満員で1時間半立ち見です。
 ムハンマド(ヨーロッパの風刺画問題がありましたね)が山の洞窟で瞑想中に神からの啓示を受け、預言者としてあっという間に世界に広まり、今や世界の1/5、それもアジアに多いのがイスラーム教徒だということ。
 そして何より驚いたのは、毎年の祭礼の時、1400年前の人の死に対し、まるで自分の家族のような思いで涙を流す人たちだということ。
 野町さんが話されていたのは、「イスラーム教は神との距離がとても近いし、平等」だそうです。(でも、現実世界は格差が激しいというギャップがあるようです)
 モザイクのブルーや黄金のモスクの美しさに惹きつけられます。そして、写真展の一番の醍醐味は、メッカ巡礼には200万人もの人が訪れ、祈るというその光景。モスクの周りを500メートル四方は巡礼者で埋め尽くされているのです。
 「祈りが(日本人の指す)仕事のようだ」というチベットの巡礼、カイラス山の麓まで五体倒地しながら進むには4年はかかるとか。聞いてはいたものの、あらためて自分の日々の生活から見ると、何故そんなに祈るのか? と思いがよぎります。
 8年ほど前にエフェスのアルテミスに会いに出かけたトルコでの雰囲気が懐かしく甦りました。早朝からコーランが温室の悪い拡声器で町中に響き渡ります。また、時間が来ると、モスクは観光者は立ち入ることはできず、礼拝が行われ、人々はまた職場へ戻って行く。
 バリ島でも、夕方、お店の陰の祭壇に向かって、若い女の人が、仕事に入る前、祈りを捧げています。朝夕の玄関への花を捧げる習慣もあり、祈りがあります。
 世界中の祈り姿。日本もお伊勢参りや熊野詣があったのですよね。今は八十八箇所巡りという感じでしょうか。 
 都会の生活での祈り。私は朝起きて、ほんのちょっとの間手を合わせ、慈愛の言葉を唱えるのを祈りとしています。それだけ。
 以前は祈りの行為は私には皆無の生活でした。子どもたちにも祈りなさい、と教えたこともなく、お寺か神社へお参りするお正月に手を合わせ「お願いごと」をするのがせいぜいだったような‥‥。
 祈りの大切さを今は感じ始めたけれども、でも、それも自分のためだったりします。イスラーム教やチベット仏教、またヒンドゥー教などの、「祈りの時間」を取り入れた生活が起こったら、日本はどうなるのだろう?
 野町さんは日本の親殺し、子殺しなどイスラーム教では考えられない、と。命は神から与えられたものだから。その意味を多くの日本人は解釈できないのかも。
 もし、祈りの時間があったら(懺悔だけではなく)、私たちの心持は随分変化するのでしょう。靖国参拝というのもありますが、それとは違うのだけれど‥‥。説明できないもどかしさ。
 「祈り」があるから宗教ができたんだろうなぁ。
 野町さんの講演会の後、若い人が作った映画『もんしぇん』を見に行きました。これをイスラーム教の教えを学んだ人が見たら、どんな感想を持つだろう? なんて考えてしまいました。
 なんだかこんがらがってきましたので、この辺で。
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by artemis-journal | 2006-09-25 21:48

視察とシンポジウム

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 土曜日に「持続可能な社会のための“関係”創造」(愛・地球博閉幕1周年記念事業)というシンポジウムに参加しました。
 お天気も良い土曜日、外に出かける方も多いだろうに、と思ったら、結構満席で驚きました。ま、私もその一人だけど(^^; 。
 で、内容は大変充実してました。その話は後ほど。
 それにしても、まぁ、なんとも懐かしい方々にもたくさんお目にかかったこと。環境関連のイベントに出かけなくなって随分経っている証拠。そろそろ、環境について勉強再開しなくてはなぁ。
 そんな中で、唯一、仕事として続けている某生協の環境監査委員。もうかれこれ8年を過ぎ‥‥。環境監査を立ち上げたばかりの頃の組織は、ぜーんぶ見えてしまっていたのですが、だんだん組織も大きくなり、しっかりしてくると、今度は見えない事の方が多くて、「あれ?これでいいかな?」という場面にも遭遇します。
 監査を形式的にやるだけでは、アブナイこともあります。しっかり、データを読み解かないと、ヘンだな、ということもあるわけで‥‥。ま、それがお仕事なのですが。
 その関連で、先週はつくばまで「堆肥化」などの産直の視察に出かけ、いろんな事を発見。うーむ、視察の意味は深い。と感慨にふけってばかりはいられません。
 以前の水俣の視察でも、発見はいっぱいありましたが、今回は、農業という観点からだけではなく、システム(産直とか堆肥化とかいろいろな)としての課題を感じました。
 改善できることがたくさんあるのです。そこには何が足りないのか? まずは相互コミュニケーションかな、と思いました。当事者同士、お互いがしっかり話しを進めていくことで、もっと良くなる、と確信が持てました。
 実はそれが、先週末の「持続可能な‥‥」のシンポのテーマと重なったのです。
 “コミュニケーション”と言うけれど、実はそれって本当はなかなかできていないように思うのです。お互いの立場があって、それぞれの主張がある人が集まって組織となってーーー。思いが合致するのは、マインドコントロールされた宗教だけかも(-_-;)
 環境博と言われた昨年の博覧会は過去に例のない「市民参加型」。当然、参加NPOなど、行政にはもの申す立場にありましたから、そこが協働したというのは、NPOが行政に負かされ、妥協したのか? なんて先入観で勘ぐってしまうものです。でも、そうではなくて、お互いが心を込めて話し合って(本当のコミュニケーション)、初めて人は成長するのですね! そんな雰囲気を感じました。
 通例、市民側から言えば、行政は敵対関係においてしまいがち。そこを「敵」にせず、どうやってつなげるか、というのがポイントのよう。今回のシンポジウムの“関係”創造ですね。
 それぞれの間に立つ人がいて(コーディネーターと言われたりする)、丁寧に話しを進めて行ければ良いのですが、利害関係などあると、なかなか。要(カナメ)はコミュニケーションにあり!
 ほれほれ、私の一番苦手なことではないですか。面倒なことはすぐに切り捨てるという私の習癖。σ(^_^;)?
 仕事としても、個人的にも、とっても重大な視点だと再認識。視察とシンポで学んだ相互学習の1週間となりました。
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by artemis-journal | 2006-09-19 19:05

 家庭と仕事

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 この夏、7月7日に2年越しのややこしい手続きが終わり、私の生活は“日常”に戻りました。忙しいとか、大変、という使い古したヨレヨレの言葉にはサヨナラ~。七夕を期に、リスタート! というのは単なる私の気分ではありましたが。
 家庭の事は仕事と別の時間軸で動いていました。家庭×2+仕事(あるいは家庭+仕事×2)みたいな感じでした。本業の方の仕事はあまり大変にならないように調整してはいたものの、スタッフ不足もあり、四苦八苦。この2年、仕事が続けられたことに、我ながらよくやった、と「終了」した今となって、やっと涙がこぼれます。(仕事があったからこそ、乗り越えられた事もありますが。)
 春以降、新しいスタッフも3人増え、本当に良いスタッフに恵まれたのですが、またまた家庭の事情で辞めて行く人方が‥‥。
 今度はすぐに求人をしなければ仕事が滞るか、私がつぶれるかも‥‥。で辞めて行く方が気使ってくださり、代わりの方を“ヘッドハンティング”! 昨晩は面接に来てくださり、仕事の引継ぎを。なんてありがたいのでしょう。⇒しかしながら、不成立。(>_<)
 スタッフたちに恵まれ、励まされながらいます。「少ない力で最大限の効果を!」と励ましてくれるベテラン。物静かながら、いつも試作品などを自分の工夫でさっと作ってくれる人。いつも私の急な要求に心よく引き受けてくれる面々に、頭があがりません。
 父の成年後見人となり、総ての管理を担うことになり、父母の財産管理やら医療の方針、とその責任の重圧に時折びびってしまいますが、とにかくこなす、つまり決断するしかありません。その苦労のひとつずつから、小さなことでは、国民健康保険が、自治体によって納める金額が違う(計算方法が違う)ことや、自治体で違う介護保険の複雑さなど、本当にたくさんの「?」の解明までの道のりを体験しました。
 私は実際カラダをはっての介護をすることはなく、古風な見方によっては、批難の対象になりえます。でも、父、母それぞれにあった施設で暮らすことになり、笑顔も増え、今まで本人の不安材料の「老後」が決まり、安心をしている姿を見ていると、選択に間違いはなかった、と安堵しています。
 来年から2年ぐらいかけて、仕事の内容に変化をつけて行くつもりでいます。私が尊敬する生き方をなさったピアノ調律師の故原田力男さん。彼の5年単位の計画性や、音楽についてのガリ版刷りの通信、それを自分で配って回られる実直さ。私は学生時代に彼から知らず知らずに生き方を学んだようです。彼のアドバイスは今でもはっきり覚えています。今あらためて、自分の中で芽吹き始めているのでしょうか。
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by artemis-journal | 2006-09-13 17:43

CSRが必要なのは?

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  長年、環境監査という分野に関わってきて、この数年で、社会の流れは随分変ってきたと実感します。今は「持続可能な社会へ向けて」、ともっと広範囲に捉えて行こうとしている企業も増えています。企業の社会的責任(CSRと言われる)を明確にすることで、情報公開(隠し事をしない)して、企業の良いところだけでなく、欠点も知ってもらい、応援してもらおう、そんな感じでしょうか。労働問題、育児休暇、女性の就労率、などより良い社会になるために、企業は頑張ろう!という意気込み。
 でも、蓋を開けてみればいろいろありますね。損保ジャパンとか。今の西友(スーパー)などウォルマートの傘下になってからは、もう、なんだかね。環境に力を入れていたなんてウソみたい。「環境はしっかりやっています」なんてレポート出しながら、「環境配慮商品」は消え去ってしまったような??
 大企業は回す資金があるから、派手に打ち出してみるのですが、内情は四苦八苦の様子。それでも、打ち出したからには、そうそういい加減なことはできないはず。
 岐阜県、大阪の刑務官、社会保険庁、秋田県警、海上自衛隊、福島県、福岡市‥‥。ざっと挙げてみただけです。この名前は、この1週間の新聞の見出しから思いついただけ。
 これみて、日本は相当痛んでいることが感じられますよね。行政は即刻CSR、「行政の社会的責任」導入すべき!
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by artemis-journal | 2006-09-06 12:33

3人のKUMIKOさん

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 今年は遊びの部分では「夏の思い出」らしきものもなく、すんなり終わってしまいました。どこに出かけるでものなく、派手な事件もなく、人生のうちできっと2006年夏は記憶に留められることがないかも‥‥。まぁ、平穏無事に過ごせたとも言えますが。
 8月、心に残ったことは3人のKUMIKOさん。
 昨年ふたり目の男の子が生まれたKUMIKOさん。“私の庭”のエリアに引っ越してこられていたのですが、まだお会いできずにいます。5年、いえ、10年以上前からのお付き合いで、お目にかかった当時は、冷静沈着、正確な通訳者でした。同時通訳は体力勝負、なんて想像しなかった私。おしゃべりからいろいろ教えてもらいました。今も翻訳や通訳などの仕事で名前を拝見して、お元気なんだな、とは思っていましたが、なかなかお会いできるチャンスがなくて。今月は井の頭公園の庭で会えるかしら? 
 そしてもうひとりのKUMIKOさんは、なんと30年以上前から途絶えていた音信をメールにて復活して下さいました。もう、これはびっくり。よく連絡を下さった、と感謝です。懐かしさというのか、若い頃のエネルギッシュな頃を懐かしむというか‥‥。
 共に、ホームページのアドレスからきっかけを下さいました。
 そして最後のKUMIKOさんは、私のカウンセラー。時間の余裕がなくなってカウンセリングは2年ほどお休みをしていたので、そろそろ再開したいな、と思っていたところ。共通の友人からKUMIKOさんのことを伺い、ちょっとワクワクしているところ。彼女は私の母の年齢に近いのですが、とてもそうは思えない若々しさ。今まで男性のカウンセラーにもお世話になって、それなりに良かったのですが、今の私には、女性のKUMIKOさんのカウンセリングは一番安心できるのです。
 今月はKUMIKOさんとのつながりがどうなっていくのか、ちょっと楽しみです。
 
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by artemis-journal | 2006-09-06 11:36