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心のパワー

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 前回触れたの速水由起子さんの『「つながり」という危ない快楽』(筑摩書房)の中で、テレビの力が衰えている、というような話が書いていありました。ドラマも今ひとつヒットしないようだし、ニュース番組も配慮のかたまりのせいか、気抜けした生ぬるいビールのような‥‥。それにしてもつまらん。
 私のニュースの仕入れどころは、個人の“モノローグ”+彼女の掲示板なんです。ラテンを拠点に生活している八木啓代(ヤギンノブヨ)さん。つまらんモノを読むのと違って、実に面白く読めるんです。たぶん私の波長が共鳴するのでしょう。当然靖国問題も読み応えあり。
 昨日、私は靖国参拝についてMIXIのニュースとコメントを読んで、「お~、そうなのか」と、MIXI人との違いに、私は息がつまってしまいました。
 MIXI人は「潔さ」みたいなものに憧れているんだなぁって。アイデンティティを失った日本に「筋を通す」「理屈はいらん!」という潔さに憧れる人が多いのかも。
 多くのMIXI人の意見は若者と思われるのですが、歴史を深く学んだ様子が伺えたものは見当たらず、相変わらずの「表面反応」という感じを受けました。風潮で書いているのかもね。
 メディアにしても、戦争責任だ、A級戦犯だ、と言ってもピシッと決まった筋の通ったものを目にすることができないのが、残念至極。有識者に依頼したテーマについて賛成論、反対論などを適当に振り分けて掲載しているだけの新聞。心に響かないのです。
 あきれますがTV番組で「A級戦犯といっても、あの裁判は‥‥」と戦犯は悪くない、と言いたげな閣僚もいるわけです。それをたしなめるキャスター(司会者?)がいるわけでもなく。
 戦争を二度と起こさないためには、それ相応の努力が必要なのは、わかるでしょうに。平和は自分を律しながら作っていかねば、すぐに争いの感情が湧くのが人間のようです。
 自衛隊をパワーアップしても戦争を防げません。
 外交官同士、相手に悪印象を持ってやりとりして、いい結果が出るでしょうか? あるいは隣国に悪感情を持っているけれど、グローバル外交はOK、なんていったら、本音と建前がずれずれで、修正しきれなくなります。
 小泉首相へのインタビューでは「適切に見極め」という一言で総て切捨てて来たイメージがあります。不適切であろうとも、見極めてなくとも、まったくそんなことはどうでもよくって、自己チュー判断。この点、野党もジャーナリスでも誰一人追求できなかったというのは、あまりに情けないと、私は感じますが、いかがでしょうか?
 靖国参拝を「心の問題ですから」と、政治とは関係ないです、って言ってみたり、「公約」と言ってみたり。発言に重みはなさそう。
 そもそも「参拝」という心のパワーこそ総ての源。政治でも外交でもない心。そこにこそ本来の力があるのでは?
 心の力は自分自身が無心になった時に発揮されたりするような気がします。自分自身に正直である時、わき目も振らずに一生懸命にやった時、そんな時に心の力の偉大さを実感できるのでは? 
 私もしっかり「心」のパワーアップをして、他人の意見にうちのめされないようにしなくちゃいけませんよね。

 
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by artemis-journal | 2006-08-16 15:45

ブログとコミュニティ

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 先日、久しぶりに立ち読みをしました。『「つながり」という危ない快楽』(速水由起子/筑摩書房)。私の中で、ひっかかっていたことをすっきりさせてくれた本でした。雑誌『AERA』でおなじみのジャーナリストの方の本ですので、読みやすかったです。
 話は飛びますが、前回触れた毎日更新の木戸満知子さんのブログ「ちあの散歩道」ですが、ご本人が「書く」作業に迷いを感じた、と書かれていて、わかる気がしていました。
 私は日々更新ということはできないのですが、自分の思いをまとめて行く作業として公開日記のような形をとってみました。このブログという場で書くことは、相互コミュニケーションという感じではなく、見ず知らずの相手にも「こんなヤツか」と思ってもらえる素材のように思い書いてました。
 今はブログ、それもMIXIが主流で、娘は「日記って楽しいね!」と、とてもうれしそうです。マイミクは自分色の友だちをつなげて、どんどん広がっていく感じでしょうか。
 PCや携帯電話・メールの交流はほんと気楽。手書きの手紙なぞ、今や芸術作品になってしまった感です。
 小学生ブログもにぎわっているそうで、親がマナーを教えながら、管理し‥‥、どこかで教室が開かれ‥‥、と本日の新聞紙面にありました。
 2ちゃんねるとか掲示板とか、ここまでやるか、というような誹謗中傷や、内部告発など、限界を極めたような場もできました。
 友人は「2ちゃんねるというのは、本音が聞けて面白い」というようなことを言ってましたが、それは彼女が社会学を学び、自我の確立がある程度できているからだろう、と思っていますが。2ちゃんねるは居心地悪いけれど、使える内容があるな、と「使い方」を伝授してもらいほ~、と感心。でも、あそこにいるのは居心地悪そう。
 私はどっと降ってくるSPAMメールは、私の愛するPCが穢れる、とバサッと削除ですし、昔は楽しんでメーリスにもいくつか入っていたのですが‥‥。
 批判を受けるのが億劫で、核心に触れるような場では、何か発言すると相手を傷つける=私が傷つくのでは、と自己防衛に入ってしまっています。(物腰やわらかく、そんな風に見えないそうですが。)
 個性なので認めていただくしかないのですが、知らず知らず私はとってもストレートなもの言いをするようで(自覚症状が薄い)、気を抜くと、娘を筆頭に家族から「その言い方はないでしょ」と注意を受けます。息子も娘もすっごく気を使った表現(絵文字とか)が身についていますから。親や学校が教育せずとも、社会で学ぶ場があったのだという証拠でもあります。
 で、MIXIはその点、お友達からの招待なので、結構良いらしいのです。「つながり」回帰で、娘は小学校の友だち再会とか、外国で友だちに会う、とか本当にMIXIさまさま。うまく活用しています。
 そのMIXI内のコミュニティの排除論とか、階層社会を作っていくことを無意識(?)に望んでいる人たちのことなど、「社会の目」で見た速水さんの文章に納得。
 3人集まれば社会。その最小単位の「社会性」を十分身につけられず大きくなった感が強い現代人。過保護と放任の格差かしら。小学生の頃からローカルコミュニティから逃げられる、居心地の良いバーチャルコミュニティ(ブログとか)を放浪するようになるのは、ちょっと怖いかも。
 生活の基本は、食べたり、買い物したり、電車に乗ったりすることなんですよね。
 「そこんところ、よろしく!」ってことで。
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by artemis-journal | 2006-08-09 11:19