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熊野へ

 台風22号が首都圏を通過した10月三連休の週末に熊野への旅。名古屋まで出たものの、新幹線も遅れ、その先は乗り継いでも目標の十津川へは辿り着けそうもありません。熊野の先の玉置神社が目的地です。交通の便は至極悪く、ご縁がない限りそう簡単には鳥居をくぐらせてはもらえない、とも聞いています。案の定台風。「あー、やっぱりご縁がないのかも‥‥」と思う反面、私の意思ははっきりしていたので、「今回の旅はたぶん、玉置山まで辿り着かなくとも意味がある」というヘンな確信も持っていました。
 名古屋で夫と旅程を検討。当初、伊勢にも立ち寄りたい、と思っていたのですが、乗り継ぎがムリなので、あきらめていました。ですからお伊勢参りは即決で、すぐに乗り継ぎ伊勢へ到着。まずは猿田彦神社へ向かいました。そこの美術館では友人の渡辺眸さんの「猿」の写真展が開催されています。来館者は私たち夫婦だけですし、『西方神話』という彼女の写真集(DVD)の音楽が静かに流れ、う~ん、いいねぇ。外の豪快な雨を眺めながら一休み。
 伊勢内宮の五十鈴川は相当な増水で、折れて間もない大木が橋にひっかかっています。でも、正宮の参拝時、少々風もあり、お社を隠す白い布が大きくはためき、なんとも美しい光景。その後は傘は必要ないほどに小降りになってきました。そして次第にきれいな青空も見えはじめたのです。
 「ほーらね、私は晴れ女だって言ったでしょ。」(冗談抜きで私の「晴れ女」率は相当高いのですよ)
 翌日は朝もやのかかった静かな一日の始まり。日の出の美しい二見浦の弁天様へお参りの後は、伊勢外宮も駆け抜け、いざ熊野へドライブ!!
 午後には熊野速玉神社へ到着。神社の空気はどこも清々しく、火祭りで名高い神倉神社の急な石段を登ると、でっかい岩がご神体です。「おー、昔住んでいた夙川(西宮)の甑岩神社のようだ」と感激もひとしお。那智の大滝の帰りにはもう太陽もとっぷり暮れています。
 さて、お宿は空きのある所なら、と思っていたら、なんと素晴らしい露天風呂のわたらせ温泉。突然リッチな温泉旅行に変わってしまいました。松茸の土瓶蒸しまで味わう豪華料理に満足度は120%。
 翌朝は熊野古道をかすめ、本宮や大斎野(おおゆの)を参拝の後、穏やかな日差しに恵まれて玉置山へドライブですが、私の悲願の玉置山までは険しい山道です。
 八百万の神々というのは、山であり、海であり、自然のそのもの。日本の宗教心が天皇制で随分ゆがめられてしまったことを実感します。日本は元来、自然崇拝。玉置神社も樹齢3000年の神代杉などがご神木となっています。
 玉置神社の上には玉石社があるのですが、もっこり顔を出す小さなご神石。埋もれているので、その形状はわからないそうです。玉石社まで登ってもまだ物足りない私。ま、引き返すか、と思っていたら鐘の音。山頂も間近な様子なので、ひたすら登って、やっと達成感がありました。私はここに立ってみたかったのだな、とやっと落ち着きました。
 伊勢という良い気に満ちた場、「UFOが降りたつにふさわしいね」などと勝手なことを言ってました。熊野など神社も古事記や日本書紀に登場する神の名を後付けしているので、「別名」スサノオノミコトなんて解説してあります。元の話は違っているのでしょうね。
 台風のお陰で、短時間に伊勢も熊野も約40社を参拝することができ、「現代の神話を生きる」という思いの種に、水遣りをする旅となりましtた。
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by artemis-journal | 2004-10-18 09:52

生と死の冒涜

 今日は反発を買うのも覚悟で書いてみます。
 集団自殺。「死」とネットの掲示板との密接な関係。なんともやるせないのです。
 「死」というものが、「ほんまもんの死」ではなくなっていると言ったらいいのでしょうか。
仮想空間(ネット)の中でのイメージが「ホントの私」という嘘っぱち、という感じでしょうか。うまく言えません。
 病弱で、誰とも遊べず、退院してもずっと布団の生活‥‥という小学校1年生の頃の私。でも死にたい、というより、いつ元気になって学校へ行けるのかしら、とそればかり思っていました。
 だから小学校高学年のころ、相当いじめられていた私なのですが、それでも学校には行きたくて、セキをしているのが親に知れたら休まされる、とともかくセキをこらえ、親をだまして(?)学校へ行っていました。
 そんな私ですから、健康になって行く過程では、健康で人並みに動けるだけでもうれしくてたまらなかったのです。
 否応なく身体が死に近づいている同級生や、入院中に生死の境で生きる人もいましたので、「死」には近づきたくない、という生き物として至極当然の感情を持っていました、
 最近「むなしい」という人たちの多いこと。それがちょっと進むと「生きているのがつらい」とお互いの生活には関わりのない若い人たちが、集って死にましょう、とお互いを勇気付け合うようで‥‥。
 死んだ方々が、耐え難い「辛さ」があってのこと、とは察します。
 しかし、そんな死に方を選ぶぐらいなら、死を覚悟の上で「何かをやってから死ねばいい!」と私の中では怒りがこみ上げてきます。内戦危険地域にでも出かけ、何百もの地雷の除去を手伝ってみればいいじゃないか、それから「死」だろ! と怒鳴りたくなってしまうのです。
 一昔前に大流行した「失楽園」のような心中。あの生活感ゼロのストーリーも「死ぬ前にやることがあるだろ!」腹が立ったのですが、今度も同じ。
 これは私のある側面から見たものの見方ですので、もちろん、彼らの辛さや痛みを無視するつもりはありません。その辛さを受け止められない人間界の欠陥があることも感じています。
 でも、「死にたいあなたにはエネルギーがあり、それを『生』のために使う術がみつからないのだ」と反論したい気持ちの方が強いのです。
 集団自殺=生と死を冒涜した人々、への私の率直な思いです。
 個人で追い詰められて死を選んだというのとは、同質には語れません。「集団」はまったくの別ものです。
 見ず知らずの人々の自死にもかかわらず、私はその影響を多分に受けています。人間というものは、目に見えない力に動かされているようです。
 ポジティブシンキング(肯定的考え方)とネガティブシンキング(否定的考え方)。この両者は同じ量のエネルギーをどちらに振り分けるか、で社会はまったく違う形になるものと思っています。
 自分の身を使って生き方の実験してみてはいかがでしょう? 辛さが極限に達し、切羽詰って融通が利かなくなる前に。
 こんな私だってなんのきっかけで死を選ぶかは神のみぞ知る、というところですが、少なくとも、「集団」というくだらない死はあり得ません。そう、くだらない、のです。
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by artemis-journal | 2004-10-14 20:13

お帰りの時間とおつきあい

 最近、「仕事のペース」が整い、昔のような体力勝負、というような夜を徹して何かをすることはなくなり、健康的な生活の見本をやってます。
 毎週ペースで泳ぎに行くことをひとつの柱にしているのですが、結構行けず、間が空く時も‥‥。それでも、数年この調子で、500メートルを呼吸を整えたんたんと泳ぎ、サウナでじっと座る、というのが私の幸せな時間なひとつとなっています。(吉永小百合のように毎日ペースで泳ぎたい!)
 スポーツクラブは昼間は高齢者も多く、にぎやかな社交の場となっていますが、夜は仕事帰りの人も多く、ロッカールームのおしゃべりも少なく、ほっとします。
 週1回の泳ぎと月1回のセラピストとのセッションは、私にとっては欠かせない健康法。いろいろ大変なことがあっても、この2つで結構持ち直すのですから!(私の「タイヘン」なんて大したことないのかも。(^^; )
 平日の生活は目いっぱいなので、体調を崩したりして仕事が滞ると、周りに迷惑をかけ、後でひどい目に合う、なんて考えただけでもぞっとします。なもので、体調管理だけはすっごく気を使ってます。(夫にその点だけは褒められます。たぶん彼には決してできないワザなのです。飲み会断るなんて)
 夜更かしは絶対にダメ。深夜(25時前です)に及ぶ飲み会なぞはトイレに座ったら寝ていた‥‥てことも。ヽ(^o^;)ノ
 お子様モードなのですが仕方ない。本当はワイワイ楽しめる夜遊びがしてみたい、っていう気持ちもあるんだけれどねぇ。(それをしないと仲良しになりにくい、ってとこあるでしょ)
 友人たちは夜型も多いので講座など終わって9時から「食事しながら‥‥」というタイプも多いのですが、私は10時過ぎたらお帰りの支度。これではあんまり遊び相手にならないですよね。
 やっぱり独りで泳ぎに行くのが良いようです。でも、早い時間帯でしたら、ぜひ、お誘いくださいね。

 
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by artemis-journal | 2004-10-05 21:46

ピアノ三昧の夜

 ふだん井の頭公園まわりしか出かけない私が、このところ仕事もプライベートもよく都心へ出かけています。
 先週は谷川賢作(p)さんがプロデュースした、東京・銀座のお宿・吉水の地下のかくえホールの、『Aqua De Beber vol.3 ピアノ三昧 vol.1』と題されたコンサートに出かけました。
 吉水は3年前に京都にあるお宿で『女神のこころ』の講演会のイベントをさせて頂いたこともあり、銀座にも「吉水」ができて一度はお訪ねしたい、と思っていたら今回の企画に巡り合いました。終演後には、女将のこだわりの有機野菜の食事を出して頂き、心もお腹も満腹。
 さて、コンサートのこと。5人の個性豊かなピアニストの20分ずつの演奏はソロのみ。「厳選なアミダ」により当日の演奏の順番が決まったという一人目は若きスリムなモノトーン青年の田中信正さん。
 ピアノに対しての「力の抜き方」が不思議な青年。洗練された演奏はキース・ジャレットを思い出させてくれました。現代の若者の生き方って、軽やかなんだな、ということが演奏を通しても感じられるほど。もちろん、いろんな人がいるので、彼の世代がみんな「軽やか」であるはずがないのですが、彼は繊細さがあまり傷つかないままおとなに突入した、というより傷つくのを恐れているのかも‥‥。なんて彼を何も知らない私が勝手に言うのもヘンですが。
 私だったら、もっと単純に正面切ってピアノにぶつかるだろうなって感じたわけです。
 そして、圧巻は黒田京子さん。「出だしは考えてきたけれど、あとは考えてません」とスタート。即興演奏に長けたジャズピアニストとして、舞台の音楽監督として、はたまたサイレント映画の音楽担当etc.。ジャンルにこだわらず、自分の音楽を追求している彼女の演奏は、ピアノという楽器を相手に、「私」というものを探っているそのままを私たちに見せてくれたように思っています。。
 ホールは足元に人が座るという、観客と演奏家に距離がない小さなサロン。演奏の順番も考えられたものではないので、その場の雰囲気に、演奏家も聴衆もビンビンと交感しあいます。
 黒田さんの演奏は、言葉をはさみ、立って弾く、バッグから取り出した紙をピアノの弦に乗せ響きを抑える、といったいろんな表現方法が現れ、心にずーんと響きました。(読んで理解してはもらえぬのはもどかしいのですが、ご勘弁)
 20分の演奏の後の拍手に観客の感動が伝わります。
 しかし、私には「どうなるのだろう‥‥」という不安がよぎった瞬間も。それは彼女の演奏が「軽やか」でなかったせいなのです。単に「心地良い音楽」とは異質。「ま、プロなんだからちゃんと最後は納めてくれるよね」という事は頭ではわかっていたのですが、実に良い加減のところまで持って来てくれて、本当にすばらしい!と感動。うーん、さすが。
 そんなわけだから、後の人の演奏は私の記憶には、テレビの映像のように残っているだけだったのでした。
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by artemis-journal | 2004-10-04 23:42