判断を鈍らせるもの

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 このところ、「掲示板」なるものを“研究”していました。
 疲れてエネルギー消耗しきって、頭痛のする日々を送りました。こんなくだらない書き込みし続ける人たちががいるのだ‥‥、とただただ驚いていました。
 数種類の掲示板の“研究”をしてみたわけですが、私なりの一定法則を見つけることができたので、ここで一旦打ち切り。(これで頭痛は治りそう!)

 掲示板がコミュニケーションのひとつの方法で、「電車男」が流行ってほほえましいことではあったのですが、あれはほほえましさは例外的なんでしょうね。

 私は数年間“ワークショップ”という現場からもちょっと距離をおいていたし、若い人たちの変容についてはちょこっと聞くだけで、実感する機会はあまりありませんでした。
 ところが、この5年の間に事情はどんどん変わり、「人が人らしくなくなっているんだ!」 と驚いています。
 ちょっとオーバーな言い方かもしれませんが、動物的な人の力がぐぐっと減ってきている、とでも言ったら良いのでしょうか。。。(誤解を招くのも不本意なので、あまり明確には書き表せないのですが。)

 そういう若者たちの利用する「掲示板」というところは、生な人間とのつきあいではなく、「言語」の中の「書き言葉」だけで総てを完結させています。
 感情を言葉に込めているわけですが、知らない者同士だと、思いやりがなくてもやっていけるし、ののしったり、罵倒のリピート。これは感覚を麻痺させて行かなければ、神経をやられそうです。
 議論のための掲示板の罵りあいは、抑圧されきった感情、あるいは、相手をやりこめ、貶めるために使われているようにしかみえません。(お互いを高めあえないということで)
 で、掲示板の書き込みで記憶に残ることというのは何だと思いますか?
 それは議論の内容以上にその書き込みから読み取れる(感じ取れる)「気持ち」です。
 罵倒されて終わった人‥‥。
 ただ読み流しただけでおしまいの人の記憶には残らないのですが、やりとりしている本人たちの気持ちは如何に?

 私なりの結論として、掲示板の応酬は、言葉遣いに「思いやり」が見当たらない場合、とっても悪いエネルギーに取り込まれるので、絶対に読んではいけないし、もし、仕方なく読む場合は、「悪いエネルギーは自分に取り込むことはない」という確固たる信念が必要かもしれないな、と思いました。

 以前、2ちゃんねるを読み続けていた友人は、「本音が聞ける」と言って研究していたようですが、私には「本音ではあるだろうけれど、悪いエネルギーに魂を犯されてしまう可能性がすごくある」と感じました。

 今このジャーナルを読んでくださっている方とは、あまり関係のないことかもしれないのですけれどね。でも、時に「2ちゃんねるを活用しています」という方にも会いましたし。。。

 自分の感性や判断を鈍らせたくないのなら、近づかない方がいいのが掲示板では?
 もし、利用するなら、それなりの覚悟の上、確固たる自分の信念・気持ちを持った方がいいんだな、と。
 同様のこと、ブログのコメントにも言えますね。
 SNSはまた違うようですが。
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by artemis-journal | 2008-07-06 23:52 | 社会
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