私と家族と社会と

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 ユキヤナギや木蓮、枝垂桜、どこの庭にも素敵な春ですね。。
 駐輪場がない武蔵野市(あっても満員で留められない)。てくてく歩くこととなる我家の住人も、遊歩道を使ったり、あちこち眺めながら、往路は日毎の変化を楽しむことも出来ている様子。忙しい現代人、それもよし。
 私はというと、なんとも忙しい。。。といっても仕事ではなく、雑用ばかり。
 あちらとこちらの調整役や、あれの証明、これの手続き‥‥。「今夜の食事は何時?」「朝は何時に出かけるの?」と家族のスケジュールを調整して、その合間に私自身のこと。
 昨日は急遽、横浜までの往復。桜も美しく、久しぶりの大好きなドライブは、バッハのヴァイオリンソナタなど聞きながら。用事はやっぱり雑用ですが。
 主婦業って働いても、社会的価値もゼロで、「えらいわねぇ」でおしまい。

 それにしても、やっとこ確保した仕事時間に集中できない自分に、そろそろ嫌気がふくらんでいます。
 能力がない、アタマが悪い、ロジカルにまとめられない、ダメだダメだで、自分へのダメ出しが募る毎日。オマケに他者からも「この資料、これじゃダメだよ」と突っつかれてみたり。
 この「ダメダメ・サイクル」にはまってしまうと、何の解決にもならないので、脱出しないと。
 脱出のためのhow toも持っているのに、ここまで至ると、相当なエネルギーがいるわけで‥‥。
 私自身が試されている、そういう気もします。
 主婦業。掃除・洗濯といった物理的な家事以外の、家族の調整役というのも、丁寧にやれば切りがないけれど、それなりの意味もあります。が、やらないと、混乱。
 社会はめちゃくちゃ大混乱です。ちゃんと主婦的な調整役がケアしてこなかったからかしら?
 犯罪事件もただただ理不尽だし、政治も混乱、教育の格差は経済格差。
 お年寄りというのは、別に認知症や何やらでなくとも、昔の事を正確に覚えているわけではありません。皆が森光子さんでも日野原重明さんでもないのです。
 誰でも年を取るほど思い込みが強くなって、理解力も当然落ちます。
 私の周りには認知症の方が大勢。みな、自分の年齢や家族の構成すらあやふやに。若年性アルツハイマーも話題です。「年金記録」に関して、自分で思い出して申告、など不可能でしょ?
 前内閣の公約「年金記録、一人残らず救済」というのは「選挙の公約ですから」という政治家。ほらね。マニフェストって死語になってます。
 「環境問題のさなかガソリンが安くなるのは、世界的にみて‥‥」という福田首相の表層的な発言。
 洞爺湖サミットが気になるのでしょうが、環境税としてガソリン税が使われるのではないのですから。
 道路特定財源が、山村の生活道路整備に当てられるのはほんのわずかであること、必要性と予算割り当てがどうなのか、っていうこと、どうやって誰が決めるのでしょうか? 道路派の議員さんの出番となるわけ?
 暫定(30年!)税率は一度撤廃しないと、当時、誰が30年後のこの社会を想定したでしょう?
 税収不足で支出の無駄がない場合、新たに使途明確な税にすべきでは? 一般財源として組み込むのは適切でしょうか?
 政治が決めて、官僚が執行。で管理が適切でなかったという現実。
 総てにおいて格差拡大で、持たざるものへの社会保障は機能不全。こんな社会となるなんて、一昔前は想定外かも。
 実は、「社会」のゴタゴタと「自分の生活」のゴタゴタって無関係ではない、ってことですね。
 私の生活が整い、すると社会が整う。ニワトリとタマゴの関係ですので、どちらが先とも言えず。
 自分の生活を整え、家庭の延長として社会を「我が家」とする(心持ちですが)‥‥。
 そんな関係性に着目して過ごす4月になりそうです。
★女神たちの会話~エコについて語ってみると~★
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by artemis-journal | 2008-04-03 11:36 | 社会
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