無縁社会、ひきこもり

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 喉元にひっかかっている小骨のような感じがする、無縁社会やひきこもりのこと。
 書いてしまうと、傷つく人がいるのかもしれない、でも、私には「社会」として受け止めきれないものを感じています。

 ツィッターで加藤登紀子さんが記された言葉(2011/2/16)。
無縁社会ってコンセプトに異論を唱えた時,縁を家族,とか、会社とかに決めすぎると反論した。今もうチョット言うと,何より大事なのは,自分との縁。自分がどうやって生まれてきて,どう生きてきたのか,どうしたいのか,その事と向き合うから他の人との関係が生まれるのよ。大事なのはあなた自身!

 湯浅誠さんの「反貧困」や」「non自己責任」の話、雨宮処凛さんの「プレカリアート問題」の話を伺って、社会制度の改善を要することは、重々承知しています。それを踏まえた上での思いです。

 ひきこもりや無縁社会を取り上げた番組を見ました。社会がそういう状態を受け入れ、制度的にも支援する必要がある、私はそういう論調に受け取りました。

 でも、支援制度より前に、もっと大事なことがあるはず。「大事なのはあなた自身!」と私が言ったら、どうでしょう? 思いやりがないように思えますか? 自己責任論に置き換えないでくださいね。
 
 暖か味のあるやさしい社会ってどういう感じ?働かなくても暮らせることではないでしょう。自分にふさわしい働き方ができること、働くという力を自分の中に持っていること。

 以前、私の所へ「コミュニケーションが苦手だけれど仕事(縫製)がしたい」という方のお母さまから電話がきました。私は「1回はご本人とお話をして」と伝えました。が、結局「娘は話せないと言っているので」と総て、お母さまの補助がないと暮らして行けないご様子。ここで私が雇用することが支援でしょうか? 私は今は、娘さんの自立にはつながらない、と判断ししました。

 ちょっと淋しい光景をひとつ。

 ある夕方、私はバスを降りる時、コートがひっかかり、ステップを踏み外し、歩道に顔面受けしました。後ろ扉降りのバスで、乗客の視線は感じたけれどシーンとしていました。私は立ちあがり、歯が折れていないか気になりながらも、取りあえずは大丈夫そう。私が立ったとたんに、バスは発車してしまいました。歩けるし、あとは家に帰るだけなので、たいしたことなくて、よかった、と家までとぼとぼ。
 後で考えると、乗客の誰かひとりでも「大丈夫ですか?」とか、運転手さんも気にしてくれてもいいかも、と思ったのです。
 
 こういう感じが社会全体を冷たくしているのかしら。100人に一人でも暖か味を帯びたら、きっと「社会の問題」は減ってくるような気がします。おせっかいと紙一重でもありますが。
 昨今、知らない人に声をかける、というのは勇気がいりますよね。でも、それができない時はにっこり、だけでもいいかな。笑顔に害はないですし。特に小さい子たちは微笑み返しがありますし!
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by artemis-journal | 2011-02-16 12:28 | 社会
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