脳死

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 国会法案のひとつに臓器移植があがっています。みなさんはどう思われるのでしょうか?
 移植によって「助かる命」。移植のため海外へ旅立つ家族の姿がTVに映し出されれば、元気になってほしい! と願うのが人情でしょう。
 「脳死」段階で消える命と助かる命。どちらかひとつだけの命を選ばなければりません。脳死は生命維持装置なくして生きていけないのですから、「死」でいいのかもしれません。
 でも、私は奇跡を信じてしまうタイプなので、「何かの拍子に意識が戻るかもしれない」と想像してしまいます。子供の「脳死」というのが、どうも大人とは違うらしいのです。そこには何か“わけ”があるような気がするのです。

 金融関連での脅しにまで使われる臓器売買というものもあります。(臓器移植が認められると、この犯罪にも絡んでくるでしょう。)
 インドでは格安代理出産。親が複数できてしまうような時代。命を育むものですから、理由はいくらでも加えられますが、お金なしで命は見捨てられているのが現実なのでしょう。命にも格差あり……。
 
 私たちは肉体のリミットまで生き続けるのですが、肉体に依拠している魂というのか人格というのか、肉体と同様に大切にしたいです。
 時に「健康な肉体に健康な精神が宿る」というような言い方をするのですが、それは健康な人の合言葉です。病を患っている人の精神が不健康かっていうと、そんなことないですし。
 ただ、体が健康だと精神も健康になりやすい、とは言えるでしょうから。

 友人もきっと臓器を取り換えれば、健康に戻れるのかも、と思います。でも、移植は考えていないはずです。今ある生を、精いっぱい楽しむ、そういう生活を心がけているようです。ただ、生命を維持するために医療手段は必須の日々。
 
 私は体を通してしか現れない人格(魂というのかも)を大切に生きて行きたい、と思います。
 自然界の流れ、四十六億年の命の連鎖を人工的に操作しはじめたら、“何か”が壊れる、そんな気がします。
 でも、子供たちが移植で助かっている姿を見ると、移植できるなら、と思ってしまうことも確か。今の気持ち。
 生を全うする、ってどういうことなんだろう?
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by artemis-journal | 2009-07-10 11:04 | 社会
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